人工知能には性格があるのか?【日々の雑感】

画像: いらすとや
長文になるほどのボリュームはないものの、思いついたことや考えたことを「日々の雑感」として備忘録的に書いていきます。
書いた内容が正しいかどうかわからない思いつき、自分理論的なことも含みます。

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人工知能には性格があるのか?

人間の場合は、いろいろな性格の人がいます。
優しいとか怖いとか、癖がある人とか。
それに対して、人工知能の性格のようなものを考えると、ニュートラルなイメージがあります。

人間の「性格」というのは、「何か出来事に遭遇したときの反応の仕方の違い」というのを何かの本で読みました。
道端で怖そうな犬に遭遇したときに一目散に逃げるか、勇敢に立ち向かうか、他人に何かを言われたときにどう対応するか等の違いが、人それぞれの「性格」です。

その人間の「性格」を作るものは何か、と考えると、これまで生きてきた中で過去に遭遇した出来事に対する対応の記憶、ではないかと、自分は考えます。
たとえば、過去に同様の出来事に遭遇してうまく対応できなかったときの苦い記憶があったら、今、再び同様の出来事に遭遇したときに、過去の記憶がちらついて、怖気づいてしまったり、勇気を振り絞って今度は乗り越えることができたりと。

現在盛んに研究されている人工知能は、「ディープラーニング」という方法で学習します。
「ディープラーニング」は、「ニューラルネットワーク」に、入力するデータと正解のデータを用意しておき、「ニューラルネットワーク」を通して出力されたデータと正解データを比較します。
そして、出力されたデータが正解データと等しくなるように、「ニューラルネットワーク」内の処理「重み付け」を調整します。
この「重み付け」の調整が「ディープラーニング」の「学習」です。

これが、人間の場合の「過去の記憶」みたいなものかもしれませんが、「ディープラーニング」の場合は、今遭遇した出来事(画像解析等の問題)に対して、今まで学習した今現在での最適の解を出すだけです。
過去に「こういう「重み付け」で解を間違えた」といった苦い記憶は蘇らないだろうし、「過去の「重み付け」」は今現在の最新の「重み付け」に上書きされていて存在しないだろうしで、「ディープラーニング」には、人間で言う「過去の記憶」がない、と思われます。
(今遭遇した出来事に対する解と正解データとを比較フィードバックして、さらに学習することによって、「今遭遇した出来事に対する解」は、解が出力された瞬間に「過去の記憶」になるとは思いますが)

つまり、現在の「ディープラーニング」による「人工知能」には「性格」がない、と思われます。
(ただ、たとえば、別々の画像データ群を元に「ディープラーニング」で学習した画像認識「人工知能」が2つあったとして、ある同じ画像を見せたら違う答えが返ってきた、というような「違い(性格)」はあると思います)

「「ディープラーニング」は、過去を後悔しない。ただ今現在の状況に対して反応するのみ」です。

「ディープラーニング」が過去の記憶(過去の「重み付け」)を保存して、「過去の重み付け」も考慮するようになったら、人間と同じような「性格」が生まれるかもしれません。

また、人間が過去のことを気にするのは「意識(自我)」があるからだと思いますが、今の「人工知能(ディープラーニング)」には「意識(自我)」はありません。
人工知能に「意識(自我)」を持たせるには、「過去の重み付け」を上書き消去せずに保存して、出来事に対する判断材料として持ち続けるようにすればいいのかもしれません。

まとめ

書いていたら結構な長文になってしまいました。

もう一つ書くと、人工知能が人間と同じように汎用的な知能や意識を持ったとして、人間と違う点は、どんなに大量のデータでも、並列に扱えることだと思います。
たとえば、人間は、世の中にある本をすべて読むことはできず、たとえ読めたとしても、すべてを同等の興味を持って気にかけることはできません。
大量のデータを扱えないために、人気本ランキングのようなもので価値判断をして、ランキング上位の少数のものに対してだけに興味を向けます。

それに対して、人工知能は、すべての本に同等の興味を向けてデータ処理できます。
将来、人工知能が人間のような知性や意識を持ったら、この辺りの特質がどんな「性格」を形作るのか、興味深く思っています。

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