【冴えない彼女の育てかた♭ 10話で学ぶ交渉術】叱られて伸びるタイプの英梨々、とその心情分析と考察

冴えない彼女の育てから♭ 10話 澤村・スペンサー・英梨々
画像引用元: TVアニメ『冴えない彼女の育てかた♭』公式サイト
マンガやアニメを見ていて、ある場面に心を動かされることがあります。
現実世界の人間である視聴者が心を動かされるということは、そこには、現実世界でも通用する人の心を動かす要素があるからだと思います。

それを実際の人とのやり取り、現実世界での交渉場面で活かすことがきたら、すごく役に立つでのではないか?
そう思って、記事を書きました。

学生さんなら学校での友だちとのやり取り、営業マンならお客さんに商品を勧める際の交渉の仕方、会社の上司や経営者なら部下や社員のやる気を引き出す方法などに、少しでも役に立てたら幸いです。

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「冴えない彼女の育てかた♭ 10話 そして竜虎は神に挑まん」からセリフの抜粋

今回は「冴えない彼女の育てかた♭ 10話 そして竜虎は神に挑まん」(Amazonプライム・ビデオで視聴)の14:30秒辺りからのセリフです。

澤村・スペンサー・英梨々「倫也に求められても、倫也が励ましてくれても、ずっと、ずっと描けなかったのに」
澤村・スペンサー・英梨々「なのに、紅坂朱音に否定されただけで、紅坂朱音に笑われただけで、悔しくて、恥ずかしくて負けたくなくて、描けちゃった……」
霞ヶ丘詩羽「澤村さん……」
澤村・スペンサー・英梨々「あたし、あたし、倫也がそばにいると描けない……、倫也もあたしに描かせることができない…」
澤村・スペンサー・英梨々「サークルにいたままじゃ、今より前に進めない。倫也が求めてるすごいイラストレーターになれないよー!」
(澤村・スペンサー・英梨々が霞ヶ丘詩羽(かすみがおかうたは)の胸に顔を埋めて号泣する)

この場面を見て、心打たれました。
セリフだけで伝わるかどうかわからず、また、ここまでのお話しの流れの末に発せられる言葉なので、ぜひアニメをこの回最初から見てもらいたいのですが、感動的なセリフです。

セリフの分析と考察

交渉面での分析の前に、セリフとしての分析をしてみます。

このセリフは、澤村・スペンサー・英梨々(さわむら・すぺんさー・えりり、ペンネーム:柏木エリ(かしわぎえり))が自分の心情を直接セリフで語っています。
アニメや小説の手法として、普通は直接自分の気持ちをセリフにすることはしません。説明ゼリフっぽくなってしまうからです。
説明ゼリフのマンガとしては、「ジョジョの奇妙な冒険」が有名ですが、あれは、きっとわざとやっていて、それが味にもなっています。
繰り返しますが、普通はしません。説明ゼリフだと、読者、視聴者の心に響いてこないからです。
普通は、心情主体のキャラクターは語らず、周囲のキャラが心情を分析してもう一人の周囲のキャラに解説する形で語って、視聴者にもわかるようにします。
または、主体のキャラが、ぼそっと一言だけつぶやくとか、主体のキャラも周囲のキャラも言葉では語らず、ただ泣いたり、何かしらの動作をして、そこまでのお話の流れで、視聴者もほぼ外さずに「こういうことだな」とわかるような作り方をします。

「言葉で語らず、動作でわかるようにする」というのが、動きを表現できるマンガやアニメで求められる表現手法です。

「冴えない彼女の育てかた」は原作が文字だけのライトノベルなので、絵があるマンガやアニメよりはセリフで語ってしまう場面が多いと思われますが、ここまでの回を見ていて、アニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」のようにセリフ過多になっている印象はありませんし、動きのあるアニメとしてうまく作られているので、たぶん、この部分で澤村・スペンサー・英梨々に直接心情を語らせているのは、わざとです。
それでいて、視聴者の心に響いてくるのだから、すごいです。

脚本家(原作者と同じ)の丸戸史明氏は、澤村・スペンサー・英梨々が直接語るか、他の方法を取るか迷ったかもしれません。
しかし、直接語るのが一番いいと思ったからそうしたのだろうと思いますが、実際に、説明ゼリフっぽい違和感はまったくなく、すごく心に響いてきます。

交渉としての分析と考察

次に、このセリフは、どういう交渉の末に発せられたのかを簡単にまとめると、

澤村・スペンサー・英梨々は、冬コミ用ゲームのイラストを仕上げた後、スランプで絵が描けなくなった。

自分のことををよく理解してくれている(と思っている)安芸倫也(あきともや)は、無理することないと優しく励ましてくれた。

20年続く人気RPGの新作イラストレーターに英梨々を引き抜きたい紅坂朱音(こうさかあかね)は、「絵が描けないのはスランプじゃなくて、ただ下手くそなだけ」と英梨々を罵倒する。

英梨々は、そう言われたことが「悔しくて恥ずかしくて負けたくなくて」、がんばったら絵が描けるようになった。

という流れです。
澤村・スペンサー・英梨々は「負けず嫌いな性格」なので、「叱られて伸びる」(叱られて、とはちょっと違いますが)タイプなのでしょう。

単純に言えば、「負けず嫌いな性格」の人物には「叱って伸ばす」、「褒められてがんばる」性格の人物には「褒めて伸ばす」と使い分ければいい、となります。

今回の事例を見ると、クリエイターの世界で生き残るのは「負けず嫌いな性格」の方が適していて、紅坂朱音がわざとそういうやり方を取った可能性や、紅坂朱音自らがクリエイターの世界で生きてきた中で自然と無意識にそういう方法に収束していった、のかもしれません。

前回9話の話になりますが、紅坂朱音が冷静さを欠いて狂っているわけではない、と思われるセリフが、ところどころに出てきます。

紅坂朱音「一応20年も続いてるシリーズだし、そんないい加減な話を持ってきてるつもりはないんだがな」
紅坂朱音「そっちがオリジナルだから尊重はするけどさ」

英梨々を畳み掛けるように罵倒しつつも、一歩引いて尊敬する気持ちも感じられます。
なので、きっと紅坂朱音は冷静に交渉しているのでしょう。

こういった交渉は、たとえば、親が勉強しない子供に勉強をさせるために、「負けず嫌いな性格」の子だったら「叱って伸ばす」、「褒められてがんばる」子だったら、単純に褒めるか、「やればできる」と奮起させたり、「この前は~をしてくれて助かった。そんなお前に~ができないとは思わない」のような言い方をしたり。

今回の英梨々に対する交渉の仕方は、現実世界でもよくある「相手によって言い方を変える」といったもので、特に斬新な点もなく、アニメを見て新たな手法を学べる、といったことはありません。

むしろ、アニメ側が、現実によくあるやり取りをうまく使ってキャラクターの心情を描いた、という感じです。
(アニメ制作者が「交渉」という観点からお話を作ったわけではなく、ブログ管理人が「交渉」という観点から勝手に分析と考察をしているだけですが)

澤村・スペンサー・英梨々の心情の分析と考察

最後に、今回のお話を見て、上記の澤村・スペンサー・英梨々のセリフにブログ管理人は心打たれたわけですが、セリフ自体よりも、そのときの英梨々の心情が伝わってきて、心に響きました。

こう書くと、先程「セリフの分析と考察」見出しで述べた「直接心情を語らせている」ことにはならない、ことになるわけですが。

英梨々が信頼している倫也が言うことよりも、憎たらしい紅坂朱音の言うことの方が役に立った、とセリフで心情と出来事を語っています。

セリフで語られていない心情というのは、再び絵が描けるようになったことはうれしいけれども、自分が信頼していて、自分を大切にしてくれる倫也の言うことには答えられなかった自分と、紅坂朱音の言うことには答えた「絵描きとしての自分」がいて、「絵描きとしての自分」が勝ってしまったことが悔しい、といったもの。
「絵描きとしての自分」が別人格として存在していて、「倫也を信頼する自分」は倫也と一緒にサークルにいたいけれども、「絵描きとしての自分」は、実際に絵を描けるようにしてくれて、これからも伸ばしてくれそうな紅坂朱音と仕事がしたいと思っている。
「思っている」というよりも、ここはセリフで語られていますが、「(倫也の)サークルにいたままじゃ、今より前に進めない。倫也が求めてるすごいイラストレーターになれないよー!」と、どちらに行くか「迷う」のではなく、「倫也の中の「プロデューサーとしての倫也」が求める自分」が行くべき道はもう決まっていて、思考停止のような状態で、「倫也の方には行けない」という気持ちで胸が一杯になって涙があふれてくる、といった感じです。

セリフで直接心情を語りつつ、涙を流す動作で別の心情を語っています。
この「涙を流す動作で語る心情」もあるから、説明ゼリフっぽくならないのかもしれません。

見事な場面です。